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2008-10-18 Sat
恋:特定の異性に深い愛情を抱き、その存在を身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が昂揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態。
とか引いてしまいました。(風邪をひいてしまいました的なノリで。
ってか、意味長すぎwwww
でもどうせなんで。
ここで、何とわたくし独のこれまでの恋愛を赤裸々告白するとでも思ったかバカめ!(煩いわ!!
えー、ゲフゲフ。
この単語は、引かなかった事にし・・・・いいえ、確かに引きました。
狙っても無いのに、出ちゃったモンはしゃーないよね。

*決して♪恋をして~るから~♪ではありません。(by亜麻色の髪の乙女。
 わたくし独の歌声はいつも明るい。(何の話だ!!

よし、じゃあ、とりあえず自分の恋愛観について語ってみる。
しかし、心中穏やかではなく、あくまで嫌々で。
本当にねぇ、全くねぇ・・・・。
何でこんな恥ずい話せなあかんねん。

自分にとって恋とは常に「未知の領域」と言える。
「恋」をすると人は輝く。
輝きすぎて「変」になる。
「恋」と言う漢字が「変」に似ているのはこれに由来する。(大嘘だろ!!

まず、恋を「これは恋だ」と自覚するキッカケは何なんだ?
相手を好きだけど、好きにも色んな「好き」があるんだ。
必ずしも、「好き」=「恋」か???
よく「恋から逃げてはいけない」とか聞くが、果たしてそれが「恋」だとすれば、逃げられるのか?
良くも悪くも、自分の気持ちの問題から、逃げられるものなのか?
分からない、チンプンカンプンだ。

相思相愛だけが恋か?
それとも、片思いも恋か?
どっちにしても、一度堕ちたら抜けられない中毒性がある。
恋愛の昂揚感は、麻薬に似ている。
人生を楽しむ上での麻薬が恋愛とは、なかなか洒落ているのかもしれない。
もし自分にとって最初の特定の個人と駄目になっても、次の特定の個人を捜したくなる。
まるで最初から、誰しも独身だった事等無かったかの様に・・・。

恋愛は楽しいのだろうか?
少なくとも、自分にとっては全く辛く苦く痛い
本当なら楽しいのかもしれないが、全然だ。
皆何故あれだけお気楽に楽しめるのだろうと思うのだが、きっと実際はこうだろう。
皆、恋愛を楽しむために努力してるのだろう。
残念ながら、自分にはそんな努力をする勇気も、根気も無い。
他人は、自分を恋愛下手として笑うだけでいつも傍から眺めてばかり。
「本人達だけの問題だから」と言う理由で。
恋は見世物なんだろうか・・・。
それともそれをも恋愛を楽しむプロセスになり得るのか・・・・。

まぁ、もともと素直になれない人間に、恋をする資格なんて与えられていないのかもしれない。
それが証拠に、恋愛(主に純愛)が上手い人程、素直で可愛いのだ。
そんな風に、自分はとてもなれはしない。
無理になりたいとも思わない。
結局誰もそんな自分を見ない。
自分の中の恋愛は、一方通行しか通用しない。
単なる「好き」VS「恋」の脳内論理戦からいつまで経っても離れられない。
そして、最後に諦めが勝る。
例え、相手とどんな関係まで進んでいたとしても。
将に、心ここに非ず。
出来るなら相手が、「こう思ってるかもしれない」と言う気持ちの可能性なんか考えたくもない。
実際殆ど思い至った通りでしかなかった過去が大半なだけに。
そんな事すると、心臓が持ちそうにない。
だから、引いて終わる。
痛い。
痛すぎる。
この麻薬から抜ける方法を誰か知ってはいないだろうか。
もう何も、「恋」と呼べなくていい。
そうさせてくれないだろうか・・・・。

・・・・・・・・。
なんか、語ってるとどう言う訳か、物凄く悲しくなってきた。

と、同時にマジ恥ずいんでこの辺で。ノシ(逃げた!
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2008-10-11 Sat
安楽椅子:スプリングのよくきいた、大形の肘掛椅子。
深夜2:00~4:00まで、「安楽椅子探偵の推理~忘却の岬~」の回答編を見てた。
このシリーズに初めて出会ったのは、忘れもしない2000年のクリスマス。
あの時は第3回目の放送で、今回は第7回目の放送だった。
月日の流れとは斯くも恐ろしく早いものだ。

出題編と回答編に分かれたこの推理ドラマ・・・・。
出題編で自分が推理した考えを文章に纏めて番組宛てに応募すると・・・・。
作者(綾辻行人&有栖川有栖)が最もエレガントだと思った視聴者の推理に賞金50万円が送られる。
出題編の中には事件を解決に導くための大変多くのキーワードや伏線がかけられており、一度見ただけでは難しいので、本気で挑む方々の大半はビデオ等に録画して何度も見ると言うのが普通らしい。

今回も、2万3千通近くの視聴者の回答の中で推理も犯人も合致したのは7名・・・。
やっぱ難しいんだなぁ・・・・と思いながら見てた。

相当マイナーなのか何なのか、これについて語れる友人は私の周囲には居ない。
応募した訳ではないが、私の推理は掠ってすら無く、犯人も予期せぬ人物・・・。
あぁぁ・・・・私は推理力0なんだな。
まぁ、毎度の事だが。

このシリーズ、出題編はマジメな登場人物が回答編になると皆が皆妙なキャラ崩壊を起こす(突然歌ったり踊ったり叫んだりw)ので、とても愉快で、私個人としては、出題編より断然回答編が好きだ。
また、次回はいつやるのかとかそう言う予告は一切無いので(2年に一度位のペース?)、偶然見られたら私の中では結構ラッキーな方だ。
いやぁ、今回も面白かった。
御馳走様。

毎回見る度に思う事がある。
安楽椅子探偵を呼び出すためには、シリーズ通して首から下げられるオカリナ風の笛を登場人物が吹かなくてはいけないのがお決まりなんだが・・・。
あの笛欲しい!!!
いやマジで。
吹かない保障はどこにも無いが、一度手にしたら大切に持っておきたいって思うって絶対!!!

コノヒトナニイッテルカサッパリダナァー
とか思ってるそこのあなた、今すぐググれ

ちらっと作者がTVで次回作も浮かんだとか話してたから、きっと第8回もあるでしょう。
あぁ、楽しみ・・・・見逃したりなんかするもんか・・・・。
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2008-10-03 Fri
メール:郵便(物)。
意味では「郵便物」と出ても、メールっつったらやっぱ連想するのは携帯電話か。
皆はケータイで一日にどん位メールすんのかな?
俺は、一日メールめっちゃ打つ日と、そうでない日がある。
実は、ケータイあんまり好きじゃないけど、その事は別にして。
ケータイが鳴らないから寂しいなんて思った事無い。

ケータイって、メールばっか打つメール派と、電話ばっか使う電話派がいるじゃん?
俺断然メール派なんだよね。

メールは、実際に会って話すより、電話より、ストレートな本音が出易いと感じる。
人によってそれぞれだろうが、俺の場合は。
口約束でじゃ、記憶にしか無い事も、メールなら決定的物的証拠として挙げられる。
文章を送る人間も、受け取る人間も、それなりの覚悟を要する。
その場の雰囲気とテンポが重要な直接の会話より、時間をかけて考えられる文章は、
それなりの重みを持っている。
と思う。
口頭でも、文字でも、人から発される同じ「言葉」ながら、不思議な物だ。

だから、俺はこれまで送った事を後悔する様なメールを誰かに送った覚えは一度も無い。
送った言葉は常に本音なのだから、謝る気なんか更々無い。
又、送られてきた言葉も同様だ。
だってメールなんて、互いに誠意を持って会話してナンボっしょ?
誠意を込めて贈る言葉に、それ以上何の弁解が必要だと言うのか。
送った先のメールを相手が誰に見せようが全くマズい事等何も無い。
重要な要件のメールでも、他愛ない会話のメールでも、それは往々にして一貫している。

勿論、誰かに聞かれて困る様な内容のメールを送る時は、常に暴露されるのを覚悟で送る。
断っておくが、それは相手を信用しているとかしていないとかの問題では無い。
相手も人間である以上は、誰しもどこでどう転ぶか分からないからだ。
例えそのメールの内容で責められたとしても、それは自業自得であり仕方の無い事だ。
メールに関してだけは、送ったその時点で後から付く見苦しい言い訳は捨てる。
咄嗟に出てしまう口から出た「言い方」を考えないその場だけの言葉と、
時間をかけて考えられる「言い方」をまとめて文章にした言葉。
やはり、重みは全く違う。
そう言った潔さは、メール最低限のマナーだと信じたい。

しかし、そうしてメールの存在を重視すればする程、
軽く考えて受け流されると非常に腹立だしい思いをしてしまう。
当然の事ではあるが。
受け流されると言うのは、返信が無いと言う意味では無い。
その後、その時の内容が相手の気に一切かけられないと気に入らないと言う意味だ。

返信の有無に関しては・・・・。
俺思うんだよ。
会話とは「言葉のキャッチボール」とよく言われるけど・・・・。
どちらか一人が喋りっぱなしで、相手が全く喋らなくても、
「伝わってる」って互いに分かれば、それで会話は成立してるんじゃないか・・・って。
言葉に言葉で返さなくても、沈黙って言う台詞もあるんじゃないか?
俺はメールでは、例えば気まずい内容を書いて送ったとして、
返信が帰って来ないのも返事の一つとして受け取る。

しかしこんな考えは、俺の自己中な物言いだとも分かっている。

結論として、
メールは直球じゃなくて回りくどいって人もいるだろう。
実際に会って話したり電話の方が、確実だし早いと感じる人も。
言いたい事が言える形って、人それぞれじゃん?
事実、その辺りで俺もよく周囲と食い違う事がある。
極端にメールに考えが寄るのも一般にはよろしくないのだろう。
でもな、この場を借りて俺の我儘を叫ばせてもらう。
俺電話苦手なんだよ!!!!
あースッキリした。

メールでなら、どんな言葉の暴力にだって打ち勝つ事は出来る。
時間をかけて考えれば、どんな事も何とだって言える事が理解出来て来る。
解釈の自由は不条理を逆手に取る事も厭わない。
それだけの余裕があるからだ。

電話は余裕が保てなくなる。
電話だと、ある程度の深さを考えない物言いをした後は後悔の嵐なんだ・・・。orz
それが重要な会話であればある程凹む・・・。

と、まぁそんな事を。
国語辞典を適当に引いてメールだったからメールについて語ってみた。
メールって、この世に存在してくれて実に有り難いよな・・・。
語ってみて改めて実感した俺でした。
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