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2008-11-14 Fri
エコロジー:生物と環境との関係を研究する学問。生態学。
先日の夜、レイトショー料金で久々に映画を観に行きました。
邦画なので、マイナーかもしれませんが・・・。

ブタがいた教室
↓公式HP。
http://www.butaita.jp/

と言う映画を観てきました。

内容は・・・。
小学六年生の担任を受け持つ事になった新任教師が、教室に子豚を連れてくるのです。
そしてその子豚を教卓に乗せ、クラスの皆にこう言います。
「先生は、この豚をこのクラスの皆で飼って、最後には皆で食べようと思います。」

そんな話です。

そして、クラスの皆の間で一年間ずっと飼われ、「Pちゃん」と名付けられたその豚を、最終的に食べるかどうか、クラス全員で議論するシーンがあります。
そのシーン、実は台本に存在する台詞は一切なく、全てがアドリブだと言うのです。
言うまでもなく、その議論が一番の見所となった訳です。
この映画に出てくる26人の小学校6年生、皆の意見がそのシーンに詰まってたんです。
今の小学校6年生の意見はビックリする位しっかりしています。
大人顔負けでしたね。

ここでは敢えて、「Pちゃん」が最後にどうなったのか、語りません。
皆さんが見る機会があったら、是非ラストを見届けて下さい。

さて、何故この映画の議題で、タイトルが「エコロジー」となるのか、疑問に思う方もいるでしょう。
エコロジーと結びつけてこの映画を語るきっかけは、劇中の一言でした。
「食べるよ。だって、豚は食べられる為に生まれて来たから・・・。」
勿論、この後この意見を出した子は他の子に、
「そんなの、人間が勝手に決めた事じゃない。」
と、猛反発をくらいます。

食物連鎖の頂点に君臨する人間は、正しくエゴの塊な訳ですね。
この地球にとって最大のエコロジーとは、人間が居なくなる事です。
よく、「私達の手で自然を残そう」なんて言葉を聞きますが、思いあがった発言にしか聞こえません。
自分達の手で自然を破壊しておきながら何を言うのでしょうか。
例えば、
「緑を守る」
とか言いますけど、何だかんだ言ってそれも酸素を確保する為だと考えるだけで興醒めですね。
破壊しようと残そうと、そんな事気にしない人間はわんさかいる訳です。
ええ、良く分かります。
私もそんな人間の一人ですから。

人間の前には、地球は恐竜と言う生き物が生態系の頂点に君臨していたそうです。
しかし、そうそう時間を置かず、恐竜は滅びたそうです。
生態系の頂点に君臨する生物は、そう長くその存在を存続出来ないそうです。
人間も、きっとそのうち早く滅んでしまうのでしょう。

そう考えると、人間の支配下に置かれていた生態、そう例えば、ブタとかですね。
彼等は、どの位その存在を存続させる事が可能なのでしょうか。

”いのち”の長さは誰が決めるの?
別に、誰も決められやしませんよ。
「殺す」事と「食べる」事の違いにいくら気付いても、仕方ないんです。
人間の文明が発達し過ぎた今、生き物が食肉になる過程を知らないから肉を食える、少なくとも日本人は。
誰も・・・・自分達が生きる為に犠牲になるいのちの長さについてなんて気にしてませんよ・・・・。
唯、「いただきます」と感謝の意を精一杯籠めて、体内で己の血肉に変えるしか出来ませんよ。
だからこそ、こう言った題材の映画が成功する・・・・そうでしょう?

さて、これで何が言いたいんだか、ピンと来たらなかなかに貴方は鋭いです。
しかし、それをズバリ指摘しないで頂きたいです。
この映画を観に行った価値を、失いたくありません。
考えをぶつけると言う目論見からは大幅に外れではありました。
が、観れて良かった・・・・・良かったのです。
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